肉をジューシーで美味しく、食中毒の心配なく安全に焼き上げるためには、どうすればいいのでしょうか。
家庭でステーキやローストポーク、ローストチキンを調理する際、この「美味しさ」と「安全性」のバランスをどう取るかが腕の見せ所です。
この記事では、各種肉料理(牛ステーキ・ローストポーク・ローストチキンなど)の焼き方のコツと安全に楽しむためのポイントを、厚生労働省のガイドラインや国際基準、調理科学の知見に基づいて解説します。また、プロの料理人の経験を踏まえた点からも見直して、家庭料理をワンランクアップさせましょう。
肉焼きの目指すゴールとは

肉を焼くときの理想の仕上がりとは、
表面に香ばしい焼き目がつき、中はジューシーで、しかも中心までしっかり火が通って安全な状態です。
表面にこんがり焼き色が付いていても中身がパサパサでは美味しくありませんし、中心がレアでジューシーでも茹でたように焼き目がなければ物足りないでしょう。
つまり、美味しい肉料理にするには次の3点をすべて満たす必要があります。
①中心まで加熱されている
豚肉や鶏肉(鹿肉などジビエも含め)は、カンピロバクター菌やE型肝炎ウイルスなどに汚染されている可能性があります。
生の肉が危険と言われるのはこのためで、安全に食べるには中心部まで十分な温度で加熱して菌やウイルスを死滅させることが必須です。
例えば、厚生労働省のガイドラインでは以下のような基準が示されています。
| 中心温度 | 加熱時間 |
|---|---|
| 63℃ | 30分 |
| 65℃ | 15分 |
| 66℃ | 11分 |
| 67℃ | 8分 |
| 68℃ | 5分 |
| 69℃ | 4分 |
| 70℃ | 3分 |
| 75℃ | 1分 |
上記のいずれかの条件を満たすまで加熱すれば、内部までしっかり火が通った安全な状態と言えます。
もっとも確実なのは、肉の中心部に温度計を刺して測定する方法です。鶏肉や豚肉をレアな状態で食べるのは非常に危険ですので絶対に避けましょう。
ただし牛肉に関しては、肉の内部まで菌が存在しているケースは稀です。したがって家庭やレストランで提供されるステーキはレアでも大きな問題にはなりません。表面に付着した菌さえしっかり焼いてしまえば、ある程度は安全に食べられるからです。
②ジューシーさがある
中心まで加熱することは大切ですが、加熱しすぎてパサパサになった肉では美味しさが半減してしまいます。
ジューシーさを保つには、肉汁(水分)を極力逃がさないように加熱することがポイントです。
そもそも肉の約70%は水分、約20%がタンパク質でできています。
筋肉の主要なタンパク質にはミオシンとアクチンの2種類があり、それぞれ加熱による変化の温度帯が異なります。また、スジ(結合組織)の成分であるコラーゲンも加熱で縮む性質があります。
タンパク質は熱によって収縮し、その際に水分を押し出してしまいます。そのため「十分に火を通すが、加熱しすぎない」こと、さらに「なるべく短時間で火を通す」ことがジューシーに焼くコツです。
| 温度帯 | 主な変化 | 食感への影響 |
|---|---|---|
| 40〜50℃ | ミオシン変性開始 | 生→半生、柔らかい |
| 50〜55℃ | ミオシン凝固 | 形が安定し始める |
| 55〜60℃ | アクチン一部変性 | 弾力が出る |
| 60〜65℃ | アクチン凝固 | 水分流出、締まる |
| 65〜70℃ | 筋収縮強化 コラーゲン収縮 | 硬化が進む パサつきやすい |
| 75℃以上 | コラーゲンが急速にゼラチン化 | 煮込み向き |
ミオシン(Myosin)
- 凝固開始:40〜50℃
- 明確な凝固:50〜55℃
- 筋肉の主要タンパク質(約50%)
- 肉が「生」から「加熱された状態」に変わる主因
→低温調理で「やわらかく赤い」仕上がりはここを狙う
アクチン(Actin)
- 凝固温度:60〜65℃
- ミオシンより高温で変性
- 凝固すると急激に硬くなる
→65℃超で「火が入りすぎた」食感になりやすい
コラーゲン(結合組織)
- 収縮:65℃〜
- ゼラチン化:75℃以上・長時間
- いわゆる「スジ」の部分
→ 煮込み料理と低温ローストの分岐点。筋が多い肉なら煮込み料理がいいのはこれが理由。
東洋食品研究所 研究報告書,33,71−73(2020)畜肉の加熱量とゼラチン化率の関係
③香ばしい焼き目がある

肉料理では香ばしい焼き目も非常に重要です。こんがりと焼けた香りは食欲をそそりますし、肉特有の臭みをマスキングしてくれる効果もあります。
ただし焼き目をつけるには表面を高温で焼く必要がありますが、加熱しすぎると今度は焦げて苦味が出たり、身が固くなってしまいます。表面にしっかり焼き色をつけつつ、中はレア〜ミディアムでしっとり仕上げる——この火加減のコントロールが美味しいステーキの鍵です。
| 温度帯 | 反応の状態 | 調理での意味 |
|---|---|---|
| 〜60℃ | ほぼ起きない | 低温調理では褐変しない |
| 60〜90℃ | ごく緩やかに開始 | 長時間でも色はほぼ変わらない |
| 100℃前後 | 反応は弱い | 水分が多いと進まない |
| 120〜150℃ | メイラード反応が活発化 | 焼き色・香ばしさが出始める |
| 150〜180℃ | 最も実用的な温度帯 | ステーキ・焼き物の主戦場 |
| 180℃以上 | 反応加速+焦げ | 苦味・発煙リスク |

肉ごとの目標とする温度帯
以上のポイントを踏まえて、肉の種類ごとに適切な中心温度を決めましょう。
牛肉・豚肉・鶏肉では安全に美味しく焼くための目標温度がそれぞれ異なります。それぞれの肉に適した火入れ(加熱)の目安を解説します。
牛肉

| 中心温度 | 仕上がり具合 |
|---|---|
| 54℃以下 | 火が通ってない印象 |
| 55℃ | 攻めたレア |
| 56℃~57℃ | レア寄りのミディアムレア |
| 58℃~59℃ | ミディアムレア |
| 60℃~63℃ | ミディアム |
牛肉の場合、中心部まで完全に殺菌する必要はありません。そのため、中心温度が上記のような温度帯に達すれば火入れ完了です。
これらの温度と仕上がり具合の対応は筆者自身の経験に基づいていますが、一般的な目安として大きくは外れていないでしょう。
個人的には中心温度58℃が最もバランス良く、ジューシーさと柔らかさが両立できるおすすめの温度です。ヒレ肉など脂肪が少ない赤身肉の場合は、56℃くらいまで下げてレアに近い仕上がりにすることもあります。
逆に54℃以下だとさすがに生肉に近すぎて食べるのが不安になるレベルです。どこかの飲食店が「54.5℃で火入れした牛肉」というのを売りにしていましたが、なかなか攻めてるなあと思った記憶があります。私の経験上も54.5℃あたりが火入れのギリギリのラインだと思います。
豚肉

| 中心温度 | 維持時間 |
|---|---|
| 61℃ | 120分 |
| 62℃ | 50分 |
| 63℃ | 30分 |
| 65℃ | 15分 |
| 67℃ | 8分 |
| 68℃ | 5分 |
| 70℃ | 3分 |
| 75℃ | 1分 |
厚生労働省:食肉の加熱条件に関するQ&A
豚肉の場合は中心温度60℃以下での加熱は推奨されません。60℃未満だとE型肝炎ウイルスのリスクが残るためです。
しっかり中心まで火を通すことが重要ですが、高温で短時間に火を通しすぎるとパサパサになるジレンマがあります。
厚生労働省が示す豚肉の安全基準は「中心温度75℃で1分間以上」と非常に高い温度です。しかし前述の通り、75℃まで加熱してしまうと肉汁が抜けてしまい、どうしても硬くパサついた食感になってしまいます。
そこで、75℃1分と同等の殺菌効果が得られるように、より低い温度で長時間加熱する方法が有効です。例えば、中心温度63℃で30分以上加熱すれば75℃1分と同等の殺菌ができ、安全性を確保できます。
結論として、中心温度63℃で30分維持する低温調理法が、豚肉を安全かつジューシーに仕上げる目安としておすすめです。
(正直に告白すると、筆者自身が自宅で食べる際には中心60℃・数時間の低温調理に挑戦することもあります…。その場合、かなりピンク色が強くプリプリとした食感が残る仕上がりで、好みが分かれるところでしょう。安全を最優先するなら真似しないでくださいね。)
ちなみに、最近はラーメン店などでもピンク色の低温調理チャーシューを見かけることがありますが、客商売で大丈夫かなと少しヒヤヒヤしてしまいます。
鶏肉
| 中心温度 | 維持時間 |
|---|---|
| 63℃ | 30分 |
| 65℃ | 15分 |
| 70℃ | 3分 |
| 75℃ | 1分 |
| 中心温度 | 維持時間 |
|---|---|
| 60℃ | 35分 |
| 61℃ | 20分 |
| 62℃ | 15分 |
| 63℃ | 10分 |
鶏肉もしっかり中心まで加熱する必要があります。なぜなら、市販の鶏肉製品のサルモネラ菌やカンピロバクター菌の汚染率は16.1%〜58.1%にも上るとの報告があります。生焼けの鶏肉は食中毒の危険性が非常に高いのです。
鶏肉の細菌汚染実態及び食鳥処理場における衛生管理に関する研究
幸いなことに、鶏肉(特にブロイラー)は加熱しても比較的柔らかさとジューシーさを保ちやすいのが特徴です。豚肉のように多少しっかり火を通してもパサつきにくいため、安全温度までしっかり加熱することを第一に考えましょう。
厚生労働省の基準では、鶏肉も豚肉と同様に中心温度75℃で1分以上の加熱が推奨されています。これと同等の殺菌効果を得るための低温調理の目安として、例えば63℃で30分や65℃で15分などの組み合わせが挙げられます。
一方、家庭用の低温調理器メーカーBONIQは、より低い温度でも時間をかければ安全に調理できる独自基準を提唱しています。それによると鶏むね肉・もも肉は中心温度60℃で35分加熱することで、食中毒リスクを抑えつつ非常にジューシーに仕上がるとのことです。
ただし、小さなお子さんや高齢の方に提供する場合は、安全マージンをとって国の基準どおり63℃で30分以上加熱する方法をおすすめします。
具体的な焼きかた
では、実際にお肉を美味しく焼くにはどのような調理方法があるでしょうか。
ここではフライパン・低温調理器・オーブンという3つの手段について、それぞれのポイントを紹介します。
フライパンで焼く
フライパンを使った直火焼きは、お肉の焼き方の中でも最も基本的な方法です。しかし実のところシンプルゆえに奥が深く、難易度の高い調理法でもあります。
厚さ2cm程度までのステーキ肉や鶏肉のソテーなら、家庭では一般的にフライパンで焼くのが定番です。一方、塊肉(厚切りの肉塊)をフライパンだけで完璧に焼き上げるのは途端に難しくなります。
なぜなら、表面を美味しそうに焼き色を付けながら、例えば牛肉なら中心部は約58℃という狙った温度にピタリと火を通す必要があるからです。言うなれば「お湯を沸かす時に80℃でピタッと止めて」と頼まれるようなもので、温度計なしに感覚だけでそれを行うのは至難の業でしょう。
肉の中心温度は目に見えないぶん、一発で理想通りに焼き上げるには経験と勘が求められます。
2cm厚さのステーキ肉の焼きかた
- 冷蔵庫から出した牛ステーキ肉は、調理の30分ほど前に室温に戻しておきます。
- 焼く直前、両面に肉の重量の約1%の塩を振り、3分ほどなじませます(例:300gの肉なら約3gの塩)。
- フライパン(鉄製が理想)にサラダ油を小さじ2ほど入れ、強火〜やや強めの中火でしっかり予熱します。
- ステーキ肉の表面の水分をキッチンペーパーで軽く拭き取り、熱したフライパンにそっと置きます。
- 最初の片面を約1分焼いたら裏返し、もう片面も1分焼きます。さらにもう一度裏返して約40秒焼き、最後にもう一度裏返して反対側も40秒焼きます(トータルで約3分20秒間焼くイメージです)。
- 焼き上がった肉をバットや皿に取り出し、アルミホイルをふんわり被せて5分間ほど休ませます(※余熱で中心まで火を通し、肉汁を落ち着かせるため)。
- 食べやすい大きさに切り分けたら完成です。
低温調理器を使う
いわゆる低温調理器(Sous Vide調理器)は、水槽に入れた食材を狙った温度にキープできる棒状の調理機器です。最近では家庭にも普及し、まさに肉料理に革命をもたらしたアイテムと言えるでしょう。
低温調理器を使えば、「肉の内部を適切な温度まで火を通す工程」と「表面に焼き目をつける工程」を分けて考えることができます。
まず、狙った中心温度に設定したお湯の中に真空パックした肉を入れ、一定時間加熱します。設定温度以上には加熱されないため、狙った火入れ加減から失敗することがありません。
ただしこのままでは見た目も風味も「茹でただけ」の状態ですので、仕上げにフライパンやバーナーでサッと表面を焼いて香ばしさをプラスします。これで中はしっとり・外は香ばしい完璧なお肉に仕上がります。
なお、サシがたっぷり入った霜降り肉(脂肪交雑の多い和牛など)に関しては、低温調理はあまりおすすめしません。時間をかけて低温加熱すると旨味のもとである脂が溶け出しやすく、せっかくの霜降り風味が逃げてしまうからです。こうした高級な霜降り肉はフライパンや網で高温でサッと焼き、中心はレア気味に仕上げた方が美味しくいただけます。
低温調理する際の参考に
BONIQ:「低温調理 加熱時間基準表」最新版
https://boniq.jp/pdf/ttguide.pdf
オーブンを使う
オーブンを使ったローストの手法は、家庭ではあまり行われませんがレストランの現場では主流の方法の一つです。
たとえば肉を140〜160℃程度のオーブンに入れ、ある程度火が通ったら取り出してしばらく休ませる——これを何度か繰り返して徐々に中心まで熱を入れていきます。プロの厨房ではグラタンを焼きながらピザを焼きながら同時にステーキもオーブンに入れて…と並行作業が可能なので、このやり方が理にかなっているのでしょう。筆者個人の感想ですが、オーブンを活用した火入れが一番美味しく仕上がるような気もしています。
また、家庭でも応用できるテクニックとして「低温オーブン+フライパン仕上げ」という方法も安定した結果が得られます。具体的には、100℃程度のオーブンで1時間ほど肉全体をじっくり加熱してから取り出し、仕上げにフライパンで表面を焼きつけるやり方です。先にオーブンで中まで火を入れておくことで失敗が少なく、比較的分厚い塊肉でも安定して焼き上げることができます。
(※フライパン焼きやオーブン焼き、それぞれの詳しい手順やコツについては、本記事では詳述しきれないため、また別の記事で紹介する予定です。)
終わりなき肉焼きの道

「ただ肉を焼くだけでしょ?」と思う方もいるかもしれませんが、実は肉の焼き加減を極めることは寿司職人の握りや天ぷら職人の揚げ技術にも匹敵する、奥深い職人芸の世界です。それだけで専門店が成り立つほど奥が深い技術だということを覚えておいてください。
ここで紹介した温度や焼きかたはほんの一例です。
肉の種類、部位によっても焼きかたや温度帯が変わります。
また、同じ種類、部位でも焼きかたによって味わいが変わります。
単純そうに見えて奥が深いのです。
「低温調理器さえ使えば誰でも完璧に焼けるのでは?」と思う方もいるでしょう。しかし、オーブンやフライパンでの火入れでは肉の表面から中心に向かって温度のグラデーションが生まれます。この微妙な火の通り具合の差が、食感や風味に独特の奥行きを与えるのです。また、長時間加熱する低温調理には、肉汁(ドリップ)が流出しやすいという欠点もあります。均一調理が必ずしも最高とは限らず、伝統的な焼き方には独自の良さがあるのです。

慣れてきたら、ぜひアウトドアなどで新たな挑戦をしてみるのも面白いでしょう。たとえば大きな塊肉に串を打ち、薪火だけを使って中心までロゼ色(ピンク色)に焼き上げてみる——そんな豪快な野外肉焼きに挑むのも、肉焼きの醍醐味と言えるかもしれません。プロさながらのダイナミックな体験を通して、さらに肉焼きの奥深さを実感できるでしょう。
おわりに
肉の焼き方には科学的な根拠に裏付けされたコツがあり、一度ポイントを掴めば家庭の食卓がぐっと豊かになります。
たとえば安価な豚の塊肉でも、中心までほんのりロゼ色(ピンク色)に火を通したローストポークに焼き上げれば、それだけで食卓がご馳走に早変わりします。
とはいえ、「完璧な焼き加減」を求める探究の旅には終わりがありません。肉の種類・部位・厚み・調理法によってベストな火入れ方法は本当に様々で、自分の理想の仕上がりを追求するのも肉焼きの醍醐味でしょう。
安全のポイントだけしっかり押さえておけば大丈夫。あまり神経質になりすぎず色々と試してみましょう。
ぜひ終わりなき肉焼きの世界を存分に楽しんでください。

参考




